樺細工について

秋田県角館の伝統工芸「樺細工」


樺とは野生のヤマザクラの樹皮のこと。
18世紀末に佐竹北家により、秋田県北部の阿仁地方から角館に技法が伝えられたのが始まりとされています。 角館の“かばざいく”は、「樺細工」または「桜皮細工」と表記されます。
旧来「樺細工」と書かれてきましたが、“樺”の字から“白樺”の樹皮を使った製品との誤解を招きやすいため、桜皮細工という表記も使用するようになっています。
古くは桜の樹皮(いわゆる「桜皮」のこと)を「かには」と呼び、正倉院の御物や、筆、弓、刀の鞘などにも山桜の樹皮を使ったものが見られます。
その工法は、江戸時代中期に秋田県北部の阿仁地方に伝承された山桜の皮を利用した細工の技術を、佐竹北家の武士、藤村彦六が習得したのが始まりと伝えられています。
藩政期の細工物には、印籠、眼鏡入れ、胴乱などが確認されています。
明治期に入ると、禄を失った武士たちがもともと内職であった樺細工に本業として取り組み、新しい製品を開発するとともに、商品として問屋を介して徐々に市場を開拓し、大正期には秋田県の特産品として中央の博覧会にも出品されています。

  

工藝 百十二より 「樺細工の道」柳宗悦(昭和17年12月15日発行)

近代民芸運動の先駆者である柳宗悦氏は「日本の樹である桜が皮として使われる、日本固有のものである」と、国際的視野から評価しています。

 

 

櫻のことは、花でその名が高い。
大和心にそれを譬へた和歌は子供ですら知つてゐる。
晝家は又どんなにそれを晝題として好んだであらう。
模様にも廣く取り容れられた。
木材としては、目がつんでゐるので、とりわけ版木に悅ばれ、好んで彫師が之に刀をあてた。家具にしたとて膚艶がいゝ。
だが、樺細工は皮細工である。
櫻の皮が有つ特別な性質が、この工藝を招いたのである。
それは三つの點に於て、とても貴重な資材だと思へる。
一つは櫻皮か有つ美しい色彩である。
澁い赤紫の色調である。
二つにはその光澤である。
磨けば膚艶が漆の如く光る。
三つには强靱さである。
横には裂け易いが、縦にはとても强く、並々の力では裂くことが出來ぬ。
是等の三つの德性が集つて、樺細工を類のない仕事に誘つた。
こゝで私達はこの仕事が最初から如何に天與の惠みに賴ってゐるかを知ることが出來る。
自然の資材がこんなにも隅々まで、その力や美を示すものも少い。
このことは如何にこの細工が、工藝品として安全な又必然な道に立つてゐるかを告げてくれる。
なぜなら資材あつての工藝だと云ふことは、工藝の第一の約束だと云つてもいゝからである。
樺細工は極めて優れた材料に立つ工藝品だと云はねばならない。
こゝに動かすことの出來ない樺細工の强みがある。

だからこの仕事に招かれる技や術は、天與の資材を、どういや輝かすかにかゝつてゐる。
何もこの種の工藝ばかりのことではないが、とりわけ樺皮に於てはこのことが云へる。
材料の美が目立つて著しいからである。
自然の惠みに浴するのが樺細工である。