akita economic report

経営随想寄稿  (一財)秋田経済研究所

Akita Economic Report 2023年9月号に寄稿させていただきました。
■伝統的工芸品「樺細工」問屋を引き継いで
 私どもが扱っております「樺細工」は、江戸時代、「武士の内職」として角館を治めていた佐竹北家によって育まれたことは、秋田県人の皆さまにはご存知のことだと思います。創業期から20年を経たころには、江戸の鳥越様(佐竹壱岐守)の献上品となって、それがきっかけで愛用者も増えていきました。そして明治時代になり、武士は禄を失い、内職から本職となったことにより、更なる研鑽がなされ、産地も形成されていくことになります。
 しかしながら、伝統的工芸品にありがちな、つまり伝統的であることが現代生活とマッチしなくなってしまい、結果的に「売れない」という事態を招くことになります。当社は、1970年、角館町東勝楽丁にあった菊地商店から事業承継した私の父が、今の大仙市で創業しました。2005年、私は二代目として父から事業を引き継いだのですが、上に示したように、引き継いだころから下降線をたどることになったのです。

■「理念」をつくる
 2008年、大学のゼミOB会が東京であり、先輩にあたる青木昌城氏と再会しました。青木氏は、株式会社帝国ホテルの経営企画畑で、社内コンサルタントを長く務め、その後シティグループの投資銀行部門に転職され、旅館やホテル、スキー場などの自己勘定投資による事業再生責任者として活躍された人物です。現在はコンサルタントとして独立していながら、日本国際観光学会の観光マネジメント研究部会の部会長でもあります。また、大学在学中に外務省派遣員として、在エジプト日本国大使館に勤務された経歴があり、後輩たちから一目置かれた存在でした。
 私は、藁にもすがる想いから氏に窮状を伝えたところ、「事業継承した直後の丁度良いタイミングだから、企業理念を練り直してはいかがか」という提案をもらいました。それで、すぐに氏と夜な夜なメールでのやり取りがはじまったのです。このときの私は、「企業理念なんかを刷新しても、会社の経営状態が刷新されるはずはない」という穿った感覚もありましたが、氏は大真面目に、「企業経営に最も重要なことでも、滅多に理念を書き換えることはしないので大チャンスだ」と励ましてくれました。
 氏への宿題提出も、日常業務をしながらの身には厳しかったのですが、更に厳しい指摘の数々に、正直、困惑・辟易したのも事実です。「ただの作文をしているのではない。経営者の哲学を表現するのだから、練りに練らないといけない」とのことで、一言一句の定義の説明を辞書にもない深いところまで要求されたのでした。
 こうして、着手からほぼ毎日のやりとりで、4ヶ月ほど経過したときに「良いですね!」とようやくにして合格をいただきました。そのとき、「合気道の達人だから耐えられた(当時五段、現在六段)」とも評価され、こそばゆい気持ちになりました。
 思えばこのことが、冨岡商店が今あるすべてのはじまりなのです。

■どんな経営理念なのか 
 冨岡商店の経営理念を、以下のようにしました。 

わたしたち冨岡商店は、国指定伝統的工芸品である樺細工の製造元として、世界に類を見ない一属一種ともいうべきクラフトの価値を国内は元より広く世界に発信し、「一生に一つ」使い続ける豊かさを通じて、人々の潤いある生活に貢献できる企業を目指します。

 さらに、事業領域は、次のようになります。
樺細工を柱に、クラフト全般においても、使い続ける豊さの提案となるものを企画、創作し、新人作家の作品発掘も含め、洗練された、それでいて親しみのあるギャラリー的店舗による発信

 経営理念の中で特にこだわったのは、以下の4点でした。詳しくは当社HPにても解説していますので、本稿では「想い」について触れます。
1.一属一種             2.広く世界に発信
3.人々の潤いある生活に貢献     4.使い続ける豊さ

 世界に一つ、秋田県にしかない樺細工の独自性を、国内はもとより世界に発信するのは、事業者としての義務であります。難しいのは後ろの2点で、まず「人々の潤いある生活とは何か?」をどっぷり考えたのです。ここでは、伝統的工芸品の中にある時代性を超越するという意味も込められていて、どんな未来の生活であれ、それは精神豊かな人間の生活なのだという想いです。さらに、「使い続ける豊かさ」とは、家族の時間的継続性を指すだけでなく、私どもの職人がいる限り修復可能という継続性も、「使い捨ての豊かさ」への反語としての「豊かさ」としました。
 事業領域の、「クラフト全般」とは、冨岡商店の理念に合致した「取り扱い商品全部」という意味です。
 終わってみれば、あっさりした文章のようですが、私なりの想いを表現できました。なお、青木氏からは、私の相談の原点に、「売りたい」ではなく、「樺細工の魅力をどのように伝えることができるのか?」があり、それが最も重要な出発点だったと指摘され、自分自身で振り返って納得したのでした。     

■表現者として
 理念づくりの4ヶ月間は、私にとっては「言葉の訓練」でもありました。
「人間は考える葦である」という言葉が残っている通り、何語であれ、人間は言葉で思考する唯一の動物です。頭の中で考えるときに使う言語を「母語」というのは、多数の言語を普通に使いこなしているヨーロッパ大陸の人たちからしたら、そうやって区別しないと自分が何者なのかも不明になってしまうからだと、ヨーロッパ人とつき合うようになって、改めて思うようになりました。この点で、外国語が苦手な日本人は、日本語しか使える言語がないので、迷いがなく、案外とラッキーではないかとも思えます。
 「冨岡商店とは何者か?」を深く考えた経験は、社長である私にとてつもないメリットを与えてくれました。それは、私が私の言葉で、自分の会社の説明を外部の他人ばかりか、内部の社員たちにも、「理路整然」とできるようになったことです。
 「社長だから自社の何かは説明できて当たり前」、ではないのです。
 理念が完成してから不思議なことに、新聞やテレビの取材が相次いだのですが、秋田県人らしく普段は口下手な私でも、「立て板に水」のような説明ができることに、取材陣が驚いただけなく、冨岡商店の目指すものを理解し、そしてファンになっていただけることにも気づいたのです。
 ところで、世界のビジネスの目は、常にリサーチしてパートナーを探していることをご存じでしょうか?当時の私はまったく知りませんでした。2012年、初めての海外見本市出展で、有名メゾンからオファーをいただいたのです。「こんな小さなメーカーになぜ?」と、呆気に取られました。伝統産業でも、常に新しい素材を探しています。そうしないと、博物館行きとなってしまうからです。後に、山形鋳物の増田尚紀氏が、著書に「伝統という言葉の響きは、今の私たちには保守的な意味合いを持つが、その時代において最高のアバンギャルドなものであったことを改めて認識しておかなければ、21世紀への伝統工芸の扉は開かれない」と著していますが、正にこれだと思いました。
 このことがきっかけで、当社の樺細工が、フランスだけでなくヨーロッパ大陸への進出となったのです。今ではヨーロッパの複数の伝統工芸とコラボレーションしています。
 Serdaneli. paris社(バスルーム金具のオートクチュール)のパートナー企業となったことも、当然に、理念からだったことは言うまでもありません。私が社長として、自社の表現者になれたことが世界に通じたという意味にもなりました。そして、こちらから当てもなくヨーロッパに出ていく、ということではなくて、あちらから呼び込まれたことも、振り返れば理念を作ったからのことだったのです。

■今という時代に
 大袈裟かもしれませんが、私は昨年秋に発表された、2022年ノーベル物理学賞に驚愕しました。「量子もつれの実験による証明」がその受賞理由です。バリバリの文系を自負しておりますので、早とちりや勘違いがあるかもしれませんが、「人間の考え方が根底から変わる」と思ったことが、その驚愕の理由です。
 約400年前にヨーロッパでみられた、科学と精神世界(たとえばキリスト教)の分離による科学優位(一方は迷信とする)の時代が終わって、科学と精神世界は量子でつながることになりました。これで、文系の最高峰、哲学の世界は、過去の常識を大転換させていますし、仏教の『般若心経』にある「色即是空 空即是色」の、「空」の概念が宇宙そのものであると、すでに先端の多くの科学者たちが認めています。
 私たちの人生は、ご先祖様たち総てを含め、宇宙の壁に情報として記録されていて、これを東大が世界に先駆けて解読を試みて研究しています。要は、一度だけの人生が死で消えるのではなくて、記録され、未来のいつかは再現可能という話になってきているのです。すると、恥ずかしい人生よりも充実した人生に価値があることを、誰もが認識することが確定した、と言っても過言ではありません。
 あたかも、A.I.とか、少子とかと、何かと不安を煽られている気がする昨今ですが、もう少し考えれば、自分を自分で哲学しないといけない時代になったと思われます。媒体としては小さな樺細工ではありますが、時空を超えた価値を提供しつづける冨岡商店の理念を、これからもずっと実現すべく、日々努めていきたいと思っております。
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